2014年3月25日火曜日

人生はちょうどよい

私は「ちょうどよい」というのが好きだ。

中学生のころ「右肩上がり」とか「左肩下がり」とかいうことを聞く。
景気の話ではなく。
身体が歪んで肩の高さが平行になっていない状態のことだ。
つねに同じ手にカバンを持っているとそちらの肩が下がったり
机で文字を書く姿勢が悪くて肩に妙なクセがついてしまって
平行でなく、真っすぐでない状態に体が変形してしまっている。

そしてそれは特別なことではなく
誰しもが多少なりとも歪んでいるということだった。

なんだかそれは嫌だなぁ、と私は思った。

歩いている人の靴を見ると左右の靴の減りが違う人がいる。
これは左右の足の長さが微妙に違う事から起こることなのだが。

それもなんだか嫌だなぁ、と思った。

左右対称、シンメトリーが好きというわけではない。
左右の歪みがあるということは
どちらかに力が入り過ぎているということだ。
バランスが悪い。

私はそれをちょうど良いバランスにしたいと思った。

そしてちょうど良いということは
最適な力を与えるということである。
強過ぎず、弱過ぎず。
その行動にぴったり必要な力を過不足なく与える
そういうことが、とても好きだ。

歯医者に行くと
あなたくらいの年齢なら多少歯がすり減っているのだけど、
ちゃんと噛んで食べてます?
と聞かれるのだが
もちろん、ちゃんと噛んでいる。
しかし「ちょうどよい最適の噛み具合で噛んでいるのだ」
だから無駄に力を与え過ぎて歯がすり減ることはない。

または、私もまぁそれなりに漫画を描いてきたわけなのだが
「ペンだこ」はない。
それはまだまだ描く量が少ないからだ、と言うかもしれないが。
違う。
私はちょうどよい力加減でペンを握り
ちょうど良い筆圧で線を引いている。
だから無駄な負荷が指にかかることがなく、
ペンだこは出来ない。

この間少し肩こりっぽくなったのだが。
あぁ、これもちょうど良い力加減で出来てないのだな。
と気付き。
ちょうど良い位置、ちょうど良い動作、ちょうど良い力加減を心がけるようにし
肩こりを直した。

そんな感じで
私は「ちょうどよい」ということが大好きであるとともに
「ちょうどよい」を極める事が全ての真実に到達する事だと信じてやまない。

「ちょうどよい」は全ての悩みを解消し
「ちょうどよい」はあまねく幸福を生み出す

さぁ、あなたも私と共に「ちょうどよい」を目指そうではありませんか!

そうです私が「ちょうどよい教」の教祖、内海まりおでございまーす!

(まさかの宗教オチ)
教祖のkindle本発売中。


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あなたは世界にとってちょうどよいのです!

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