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2013年12月15日日曜日

かぐや姫の物語 :映画


■「かぐや姫の物語
観た!

ふぉおおお!凄い!異様に!
感情とか感動をね。
言葉にしようとするとね。
その変換作業で抜け落ちてしまうものがあるわけですよ。
円い玉のようなものです。
それがぐるっとまるごと表現されていたので震えながら泣いてしまうのです

■小さいころ凄く喜んだ事の理由はわかっても、
なぜそこまで喜んだのか思い出せないけど、
すごく幸せだったあれが。
円い玉なんですよ。
これ、だから言葉に強い人は崩れ落ちる様に泣くか、
何も感じなくなっているかどちらかだと思うんですよね。
よかったー。まだ感じられる方で。

■なので感じてしまうと死ぬ様な喜びで気が狂いそうになってしまうのです。
むしろ怖いわ!って感じで。
日本の宗教に聖書みたいな皆が読んで学ぶようなものがない、ってあの感じ。
般若心経なんかもただの呪文ですし。
言葉にしたら崩れてしまう。
説明すると意味が変わってしまう。

■そこらへんを2時間かけてじわーっとぐわーっと攻めて来るもんだからひとたまりもありませんって。
自然を感じ喜んだりつまずいたり、その全てが大切なの。
って言葉で語っているところもありますが。
それすら表層でしかないという。
底の無さでとんでもねぇ映画でしたよ。
殺す気か!もう!
ーーーー
■これ絶対高畑監督、企画書は嘘八百で出してるだろうなー。ずるいなー。
これ言葉に出来ない所だから、言葉を重視する人に絶対止められるモノなんですよねー。
そこをあのニコニコ笑いで切り抜けてるんだろうなー。いいなー。

■これを観てしまうと、宮崎駿でさえテクニックに頼って映画作ってたんだなー、と思えてしまう。
もちろんかぐや姫の作画テクニックは異様な高さなんですが、
それは心の中のアレを表現するための道具でしかない。
と見せる技術じゃなくて目的のための技術なんですよねー。
はぁー果てし無ぇ。

■風立ちぬも死ぬほど感動したんですが。
かぐや姫は死んで生まれ変わってくるほど強烈な原質でしたわ。
くわばらくわばら。
めでたしめでたし。
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■14日がTOHOシネマが千円の日だと昼過ぎに知って、15:50の回に行ったら満席でして、
次回が20:20ということでいったん家に帰ってまた来て観て返ってきたら0時過ぎですわ。
片道自転車で40分くらいのところを2往復しました。わはは。

■あと「花のズボラ日記」のうさくんの絵柄と近いですねー。あと姫が真顔になると諸星大二郎の絵になる^
あ、翁カワイイよ。
女童がカワイイのは言うべきも無く、そうだ!わはは。

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■高畑勲作品は「火垂るの墓」はずいぶん昔に一回見たけど怖かった印象しかないし。
「おもひでぽろぽろ」はテレビで見ようとしたけど、途中で見るのやめちゃったし。
「平静狸合戦ぽんぽこ」は映画館で観たけど、うん、まぁ悪くはないね。って感じだったのだけど。
今回のかぐや姫でひっくり返ったなー。
これもう遺作にしてもいいってくらいの究極映画なのだもの。
でもまた作るのでしょうね。怖いねー。
宮崎駿もこれ見たら動き出すでしょうねー。
うふふ、楽しみー。

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