新型コロナの流行により、マスクをしたお客さんが多い。
いや、良いことなのだが。
帽子をかぶって、サングラスをし、マスクをかぶっている人もいる。
ひと昔前なら完全なる不審者なのにだ。
不思議なものだ。
そんな折に現れたのが「黒子」だ。
歌舞伎や浄瑠璃で役者のサポートをする
黒ずくめの衣装の者、それが黒子だ。
もちろん顔面も黒い布に覆われていて、
飛沫対策は完璧だ。
いや、完全なる不審者だ!
黒子のお客さんが現れたのだ。
バンダナを口周りに巻き付けた人とか、
忍者の頭巾のようなものを付けた人は
見たことがあったが。
黒子は初めてだ。
いいのかあれ?
…あれ?
「ちょっとお客様、カバンの中を確認させてもらってよろしいでしょうか?」
「…?」
「よろしいでしょうか?」
「はっ!…君は私の姿が見えるのかい?」
「は?…見えますよ。黒子?でしょその…コスプレ?」
「そう、黒子だ!よく知っているね」
「まぁ、何となく知ってただけですよ」
「ならばなぜ見える?」
「は?」
「黒子とは見えない存在である。舞台上に存在しているように見えても、それは存在しないのだ」
「いや、まぁ、そういう約束事ですよね?」
「そう!私は黒子だ。だから、私はここには居ない」
「居ますよ」
「黒子なのに?」
「黒子だったとしても居ますよ!」
「そんな馬鹿な!」
「えぇい、ややこしいな。あ、ほら鞄の中!レジ通してない商品があるでしょ!これはなんですか!?」
「…」
「こ・れ・は・な・ん・で・す・か?」
「…コアラのマーチだ」
「はい、万引きですね。警察連絡しますね」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
「待ちません」
「コアラのマーチは確かにここに存在する」
「…あ?」
「しかし、黒子の私はここには存在しない」
「…あ?」
「存在しないものが、存在するものに触ることはできない。つまり私は万引きはしていない」
「…しています」
「そんなバカな!」
「バカはお前だ!」
「いいですか?よく考えてください。あなたは存在する」
「当たり前だ!」
「しかし、私は存在しない」
「するよ!」
「あなたは今、存在しない人に向かって話しかけているわけです。しかも大声で。ね?頭がおかしいのはどっちだ?」
「お前だーーッ!!!!」
「おやおや、ひとりでエキサイトする狂人。恐ろしいですね」
「だから、お前だーーーッ!!恐ろしいのはお前!もうやめてーー!気が狂いそうだッ!」
「よしよし、怖かったですね。でも安心してください。私、黒子が背後からそっとサポートしてあげますよ」
「ぃやーーーーーーーーーーッ!!!」
「おやおや、そんな泣かないでください。そうですね私の歌で心を落ち着けて」
素敵な黒子のまーえで♪
泣かないでください
そこーに私いません
盗んでなんかいま〜せん〜♪
千のかーぜーにー
千のかーぜになぁーって♪
「もしもし警察ですか?」
「あ!」
暗転。
黒衣は、歌舞伎や人形浄瑠璃で、
観客からは見えないという約束事のもとに舞台上に現われ、
後見として役者や人形遣いを助けたり、
小道具を役者に渡したり舞台から下げたりする係
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